日商簿記試験の中で1級は最も難易度が高い資格です。
簿記1級を合格すれば、会計のスペシャリストであることを証明できるため、転職に有利になるだけではなく社会的信用を得られます。
ところで「1級の難易度はどれくらい?」「試験内容は?」「独学でも合格できる?」といった疑問を持つ方もいるのではないでしょうか?
この記事では、簿記1級の取得を目指している方に向けて、難易度や合格率、取得のメリット、攻略法など幅広い情報を詳しく解説していきます。
1級合格に向けて知っておきたい情報をもれなくお伝えしますので、ぜひ最後まで読んで参考にしてみてください。
日商簿記1級とは?
はじめに、日商簿記1級の内容について詳しく解説していきます。
日商簿記1級試験の概要
簿記1級のレベルについては、日本商工会議所では次のように定義しています。
極めて高度な商業簿記・会計学・工業簿記・原価計算を修得し、会計基準や会社法、財務諸表等規則などの企業会計に関する法規を踏まえて、経営管理や経営分析を行うために求められるレベル。 合格すると税理士試験の受験資格が得られる。公認会計士、税理士などの国家資格への登竜門。
参照:簿記1級|商工会議所の検定試験
つまり、簿記1級を取得すれば会計のスペシャリストとなり、大企業の経理部門で活躍できるレベルに達していると言えます。
日商簿記1級の出題内容
簿記1級の出題内容は、下表のとおりです。
商業簿記 | 仕訳や財務諸表、帳簿の記入など決算書を作成するための知識 |
会計学 | 企業会計原則など理論的な知識 |
工業簿記 | 工場で製品を製造・加工する製造業で必要な簿記の知識 |
原価計算 | 意思決定に必要な原価計算の知識 |
簿記1級の試験科目は、2級の試験範囲である「商業簿記」「工業簿記」に加え、「会計学」「原価計算」が追加されます。
2級と比べて出題内容がかなり広範囲にわたり、さらに高度な知識が求められるため、難易度は格段に上がります。
試験科目ごとの配点、試験時間、合格基準は以下のとおりです。
試験科目 | 配点 |
商業簿記 | 25点 |
会計学 | 25点 |
工業簿記 | 25点 |
原価計算 | 25点 |
試験科目は4科目で、配点はそれぞれ25点です。試験時間は「商業簿記と会計学」で90分、「工業簿記と原価計算」で90分の計180分となります。
合格基準は70点以上ですが、1科目ごとの得点は40点以上取らなければなりません。
日商簿記1級の難易度
ここからは、日商簿記1級の難易度について、詳しく解説していきます。
日商簿記1級と2級の合格率の比較
まずは、簿記1級と2級の合格率を、過去10回の試験について比較してみましょう。
日商簿記1級の合格率
簿記1級の合格率推移は以下の通りです。
実施回 | 実受験者数 | 合格者数 | 合格率 |
162回(2022年11月) | 9,828人 | 1,027人 | 10.4% |
161回(2022年6月) | 8,918人 | 902人 | 10.1% |
159回(2021年11月) | 9,194人 | 935人 | 10.2% |
158回(2021年6月) | 7,594人 | 746人 | 9.8% |
157回(2021年2月) | 6,531人 | 502人 | 7.9% |
156回(2020年11月) | 8,553人 | 1,158人 | 13.5% |
155回(2020年6月) | 中止 | 中止 | 中止 |
153回(2019年11月) | 7,520人 | 735人 | 9.8% |
152回(2019年6月) | 6,788人 | 575人 | 8.5% |
150回(2018年11月) | 7,588人 | 680人 | 9.0% |
149回(2018年6月) | 7,501人 | 1,007人 | 13.4% |
日商簿記2級の合格率(ペーパー試験)
簿記2級の合格率推移は以下の通りで、1級に比べると合格率がかなり高いのが分かります。
実施回 | 実受験者数 | 合格者数 | 合格率 |
163回(2023年2月) | 12,033人 | 2,983人 | 24.8% |
162回(2022年11月) | 15,570人 | 3,257人 | 20.9% |
161回(2022年6月) | 13,118人 | 3,524人 | 26.9% |
160回(2022年2月) | 17,448人 | 3,057人 | 17.5% |
159回(2021年11月) | 22,626人 | 6,932人 | 30.6% |
158回(2021年6月) | 22,711人 | 5,440人 | 24.0% |
157回(2021年2月) | 35,898人 | 3,091人 | 8.6% |
156回(2020年11月) | 39,830人 | 7,255人 | 18.2% |
155回(2020年6月) | 中止 | 中止 | 中止 |
154回(2020年2月) | 46,939人 | 13,409人 | 28.6% |
153回(2019年11月) | 48,744人 | 13,195人 | 27.1% |
これを見ると分かるように、2級の合格率は毎年25%前後であるのに対し、1級の合格率は10%前後とおよそ半分程度です。
このことから、2級と比較して1級の難易度は非常に高く、より高度な知識を求められることがわかります。
税理士試験の簿記論との比較
日商簿記1級と税理士試験の簿記論とは、どちらの方が難易度は高いのかよく比較されます。
税理士試験の簿記論の合格率はおよそ15%前後であるため、合格率だけで見れば、簿記1級の方が難易度は高いと言えます。
ただし、合格率だけで簡単に難易度を図れるものではありません。
受験者の知識レベルの差であったり問題構成の違いであったりと、試験そのものの仕組みが違うので簡単に判断することは難しいです。
ただし、どちらかの勉強をしている人ならば、どちらの試験も合格できる可能性は十分にあるので、ダブル取得を目指してみるのもおすすめです。
日商簿記1級の難易度が高い理由5選!
簿記1級が簡単に受かる試験ではないということがお分かりになったと思いますが、難易度が高いのは、以下のような理由があります。
- 試験範囲が広く内容が高度
- 科目ごとに足切り制度がある
- 試験時間の配分が難しい
- 一度のミスが尾を引く
- 受験者のレベルが高い
ひとつずつ、順番に説明していきます。
試験範囲が広く内容が高度
簿記1級の難易度が高い一番の理由は、試験範囲が広く内容が高度であることです。
2級と比べてテキストのページ数だけでも3倍近くありますが、量が増えただけではなく、問われる内容もかなり深くなっています。
難易度は試験範囲の広さに比例するだけではなく、同じ分野でもレベルがかなり高くなるため、実際の難易度は2級の5倍~10倍位になるのではないでしょうか。
1級の勉強方法については詳しく後述しますが、単純な暗記では立ち行かず、理論を正しく理解することが重要になります。
科目ごとに足切り制度がある
簿記1級には足切り制度があります。2級は科目ごとの点数の内訳が何点でも、合計が70点を超えていれば合格します。
ところが1級の場合は、科目ごとに最低でも40点を超えていなければ、たとえ合計点が70点を超えていても合格できません。
このように簿記1級には足切り制度があり、苦手分野があると不利になるため、満遍なく勉強することが必要です。
また、簿記1級は配点調整を実施して相対評価で合格点が決まります。そのため、得意科目で点数を稼ぐ方法では決して合格できない試験となっています。
試験時間の配分が難しい
2級の試験時間は90分、1級は180分です。1級は2級に比べて2倍の試験時間が充てられているため、時間の余裕があるように思えます。
しかし試験の難易度や足切り制度を考えると、180分という試験時間でも余裕は全くありません。試験時間の配分を考えずに問題を解いていくやり方では、時間が足りなくなってしまいます。
問題ごとに、時間をかける分野とそうでない分野とのメリハリをつけ、時間配分の戦略を立てることが必要です。
そのためには、問題演習を通じて何度も訓練して体で覚えていくことが大切になります。
一度のミスが尾を引く
1級の工業簿記や原価計算の問題では、第1問で導いた答えを使って、第2問目以降の問題を解いていく形式を取っています。
そのため、万が一第一問を間違えて解答してしまうと、芋づる式に全問が不正解になるリスクがあります。
第一問目は、細心の注意を払って解かなければいけないことを、肝に銘じておきましょう。
受験者のレベルが高い
簿記1級試験はマークシート方式の試験のようにまぐれで正解することはなく、冷やかしで受験する人などはいないため、受験者のレベルがかなり高いです。
1級試験が相対評価であることはお伝えしましたが、簡単な問題は誰でも解くことができるため、他の受験者よりも多く得点することは非常に難しくなります。
また、簿記1級に合格すれば、税理士試験の受験資格が得られます。
税理士や公認会計士など、より高度な専門職を求めている人が受験する試験でもあるため、ライバルに打ち勝つには簡単ではないのが実情です。
日商簿記1級取得のメリット7選!
簿記1級は、取得すると以下のようなさまざまなメリットがあります。
簿記1級取得のメリット
- 税理士試験の受験資格が得られる
- 職業能力開発促進法の指導員資格試験の一部科目が免除される
- 大学の推薦入学で有利になる
- 就職・転職時に有利になる
- 昇給・昇進につながる
- 独立や起業に活かせる
- 日常生活に役立つ
簿記1級取得のメリットについて、ひとつずつ順番に説明していきます。
税理士試験の受験資格が得られる
税理士試験は「学識」「資格」「職歴」といった分野の受験資格を定めており、日商簿記1級取得者がその要件に含まれています。
将来、独立して税理士を目指したい人にとって、簿記1級で得られる知識は最大限活かすことができるからと言えます。
職業能力開発促進法の指導員資格試験の一部科目が免除される
簿記1級に合格すれば、職業能力開発促進法の指導員資格試験の一部科目が免除されます。
職業訓練指導員の資格を取得できれば、公共職業能力開発施設や認定職業訓練施設などで、訓練指導者として働くことができます。
大学の推薦入学で有利になる
1級に限らず国内の多くの大学で日商簿記資格保有者を大学の推薦入試で優遇しています。その中でも1級の取得者は、よりライバルに差をつけることが可能です。
また、大学の商学部や経営学部などは、簿記試験が単位として認定されるところもあるため、入学前に取得をしていればかなり有利になります。
就職・転職時に有利になる
就職や転職時の履歴書に簿記検定の資格が記載されていれば、非常に有効なアピールになります。特に1級取得者になれば、大企業の経理部門でも務まるレベルです。
経理部門はどの業種でも必要な人材であるため、ハイレベルな会計知識があることは、他の応募者との差別化につながります。
昇給・昇進につながる
勤務先の給与形態にもよりますが、簿記1級を取得していれば、資格手当が支給される場合があります。
さらに、簿記1級の保有者は会社内でも貴重な存在であるため、経理部門や企画部門などで高い評価を得られれば、昇進にもつながってくるでしょう。
独立や起業に活かせる
簿記1級の資格があれば、独立や起業に活かせます。簿記1級で学んだ会計や税務の知識は、独立や起業の際に欠かせないものです。
財務諸表の作成や税務申告などを他の専門家に依頼する必要がなく、全て自分で行うことができます。さらには経営分析や取引先との交渉にも役立つため、大きなメリットになります。
日常生活に役立つ
日常生活のさまざまな場面においても、簿記1級の知識は役に立ちます。将来に向けた資産設計や確定申告など、お金に関わることはさまざまな場面で必要だからです。
また、経済や金融に関するニュースなど世の中の動きにも敏感になり、社会人としての成長も実感できます。
日商簿記1級の勉強法と勉強時間
簿記1級の受験を考えている人が最も気になることは、勉強法と勉強時間でしょう。
それぞれ解説していきます。
日商簿記1級の勉強法
勉強法としては「独学」「通信講座」「専門学校」という3つのパターンが挙げられます。
市販のテキストで独学する
独学の一番のメリットは、費用をかけずに自分のペースで勉強できることです。
ただし1級となると、膨大な量の試験範囲を独学で進めていくため、かなりの困難を極めます。
わからない問題が出てきたときには自分で解決しなければならず、決して効率的な勉強とは言えません。
自分で勉強計画も立てる必要があり、決して簡単ではないことがお分かりになると思います。
通信講座を利用する
通信講座を利用すれば、独学よりも費用はかかりますが、効率よく勉強を進めることができます。
最新の動向を踏まえた教材通りに進めていけば、無駄のない試験対策が可能です。
好きな時間に勉強できるなど融通が利くため、時間が限られている社会人にとってはおすすめの勉強方法です。
専門学校に通う
資格系の専門学校に通うことは、費用面では一番高くつきますが、最も確実な勉強方法です。
わからない問題はすぐに質問ができることや、一緒に学ぶ仲間が身近にいることはモチベーションアップにもつながります。
カリキュラム通りに授業の内容をしっかり理解できていれば、最短で合格に近づくでしょう。
日商簿記1級合格までの勉強時間
日商簿記試験合格までの勉強時間の目安は、以下の表のとおりです。
独学の目安時間 | 通信講座・専門学校の目安時間 | 期間 | |
簿記3級 | 100~150時間 | 50~100時間 | 2~4ヶ月 |
簿記2級 | 200~300時間 | 100~200時間 | 3~6ヶ月 |
簿記1級 | 500~700時間 | 400~600時間 | 7~10ヶ月 |
上表の時間はあくまでも目安であり、前提となる知識量によって変わってきます。
ただし、勉強は闇雲に時間をかければいいというものではありません。いかに効率よく質の高い勉強を継続できるかが重要になってきます。
日商簿記1級に合格する攻略法4選!
ここでは、簿記1級に合格する攻略法として、以下の4点を挙げます。
- 簿記2級を完全にマスターにする
- 暗記せず理屈で覚える
- 問題演習に緩急をつける
- 図解でマスターする
ひとつずつ、順番に説明していきます。
簿記2級を完全にマスターにする
簿記1級を目指す人は、2級をすでに取得している人が多いのではないでしょうか?
注意しなければいけないのが、簿記2級を70点ギリギリで合格した人が1級に挑戦しようとするケースです。
どの試験にも言えることですが、基礎が理解できていないと応用問題が解けないように、2級を完璧に理解していないと1級の問題に太刀打ちできません。
1級へのスタートラインに立つためには、簿記2級の過去問が全て95点以上取れることが最低限の条件です。
もしコンスタントに95点以上取れていないのであれば、基礎をマスターしているとは言い切れません。
さらには、2級の試験時間は90分ですが、60分で解けるだけのスピードも必要でしょう。
土台がしっかりしていないと、頑丈な家を建てることはできないのと同じです。
暗記せず理屈で覚える
2級までは暗記でなんとかなったかもしれませんが、1級は暗記だけでは通用しません。
「なぜその勘定科目になるのか」「なぜ符号がマイナスになるのか」など、理由を一つ一つ人に説明できるまで理解することが必要です。
ここで事例を紹介していきましょう。
間接法キャッシュフロー計算書のうち、貸借対照表の数字を使うものに売掛債権の増減額があります。
売上が増加したならキャッシュは増えると混同しやすいですが、売掛金(未収)として計上しているため、キャッシュは減少します。
間接法キャッシュフロー計算書のスタート地点が「税引前当期純利益」なので、キャッシュの残高を逆算しなければなりません。
これが、間接法キャッシュフロー計算書を理解するための一番のポイントです。
理屈を理解するのは難しいかもしれませんが、どんな計算にも根拠があり、その根拠を理解できれば解答まで簡単に導けるようになります。
何度も問題演習を積めば「売掛金の増加はキャッシュのマイナス」ということが、条件反射的に分かってくるでしょう。
計算に慣れるまでは、どのような問題でも理屈を通して理解することが重要です。
問題演習に緩急をつける
1級の試験問題は、毎年のように出題される項目もあれば、ほとんど出題されない項目もあります。
そのため、出題頻度の高い絶対に落としてはいけない問題を確実に正確にすることがポイントになります。
では絶対に落としてはいけない問題とは、どのような問題になるのでしょうか。
例えば商業簿記の場合は、過去問を分析すると以下のようなことが分かります。
出題頻度 | 項目 |
60%~90% | ・連結会計 ・退職給付会計 ・有価証券 ・リース会計 ・企業結合、事業分離 ・デリバティブ ・税効果会計 ・貨換算会計 ・資産除去債務 |
10%以下 | ・為替手形 ・無形固定資産 ・繰延資産 ・研究開発費 ・本支店会計 |
上表のように、出題頻度の高い項目は重点的に取り組み、出題頻度の低い項目は軽く流すようにして、勉強に緩急をつけることが大切です。
ただし、科目別の最低点が設定されていることからも、完全に捨てる分野を作らないようにしましょう。
図解でマスターする
簿記1級は、文章だけで覚えられるものではなく、図を頭に思い浮かべて素早く書けるようになれば理解が深まります。
図解の例としては、工業簿記の原価計算に必要な「シュラッター図」があります。
シュラッター図の意味がよく分からないまま、なんとなく問題を解いても、本番で少しひねった問題が出てしまうと太刀打ちできません。
シュラッター図で製造間接費計算をマスターする手順をお伝えします。
シュラッター図マスター手順
- シュラッター図の意味を理解する。
- 白紙にシュラッター図を見ないで書けるようにする。
- 問題文の情報から、シュラッター図に数字を漏れなく書き込んでいく。
- シュラッター図を見ながら電卓を叩いて問題を解く。
このようにして、図を書きながら問題を解く訓練をくり返し行っていけば、自然と解答できる力が付き、理解が深まります。
工業簿記には他にも「勘定連絡図」や「差異分析ボックス図」などがありますが、これらも見ないで書けるようにならなければなりません。
また工業簿記に限らず、簿記1級の全ての論点をマインドマップ図で整理するのもおすすめの方法です。
図を書くことで全体像が把握できるので「今は全体の中のどの部分を勉強しているのか」「この後の流れはどのようになるのか」が理解できるようになります。
問題演習をくり返すたびに図を書いていけば論点が整理されるので、本番でも素早く解くことができるようになります。
日商簿記まとめ
簿記1級試験の難易度は高く、暗記だけで通用するものではありません。
「この問題は何を問われているのか」といったように、出題者側の視点に立てるようになれば、問題の本質が見えてきます。
自分で過去問の解き方を人に解説できるレベルまで到達すれば、合格がグッと近づくでしょう。
簿記1級を取得すれば会計のスペシャリストである証になり、さまざまなメリットを得られます。
簿記の最難関試験に是非チャレンジしてみてはいかがでしょうか?