企業の人事部門で働いている人がキャリアアップのための資格取得を考えるとき、「そもそも何の資格を取るべきか」と悩んでしまう人は多いのではないでしょうか。
取得する資格を選ぶときは、「実務に役立つこと」「キャリアアップに役立つこと」の2点を意識するのがポイントです。
今回は、人事におすすめの社労士資格について解説します。試験の概要から取得後のキャリアパスまで触れているので、ぜひご参考にして下さい。
社労士(社会保険労務士)の仕事内容
社労士(社会保険労務士)とは、社会保険および労働問題に関するスペシャリストに与えられる称号、および資格です。社労士の主な仕事内容は以下の通りです。
社労士の主な仕事内容
- 1号業務
- 社会保険や労働保険に関する各種書類の作成・提出代行
- 2号業務
- 労働者名簿や賃金台帳など各種帳簿の作成・提出代行
- 3号業務
- 社会保険や労働問題に関するコンサルティング業務
上記のうち、1号業務と2業務は社労士の独占業務であり、外注する場合は社労士資格を持つ人に依頼する必要があります。
また、社労士資格に合格した人でないと社労士を名乗ることもできないので、注意しましょう。
1号業務
1号業務は、企業の人事・労務部門が担当している企業も多く、具体的には入退社に伴う社員の個人情報収集や、健康保険・厚生年金保険・雇用保険などの加入手続きをおこないます。
また、労働保険料の計算や社会保険料の計算に伴う算定手続きなど、ルーティンワークが多いのもポイントです。
2号業務
2号業務は、労働者名簿・賃金台帳・タイムカードなどの管理・提出が代表的な業務です。
その他、就業規則・賃金規則・社内評価規則などを改定するのも2号業務に当たり、最新の法令に基づいて添削することが欠かせません。
法改正があったときは内容を都度見直さなければならず、社労士によるリマインドが重視されます。
3号業務
3号業務は独占業務でないため、人事コンサルティングなどの企業が請け負うこともできます。
教育・研修の指針を考案して実行プランに落とし込んだり、ストレスチェックを担当したりすることも多いです。
ただし、労働審判など重大な従業員トラブルに発展した場合は、労務問題に強い社労士や法律知識のある弁護士を頼るのが一般的です。
以上のように、社労士が業として任される業務は幅広く、専門的な知見が必要であるとわかります。そのため、企業の人事部門に社会保険労務士の資格を取得すれば、プロフェッショナルとして活躍することが可能となります。
社労士試験の概要
社労士試験の概要について、以下に解説していきます。
受験資格 | 下記いずれかに該当していること ・大学、短期大学、専門職大学、専門職短期大学、5年制高等専門学校を卒業した者 ・一定の実務経験がある者 ・行政書士となる資格を有する者 |
願書配布日 | 例年4月中旬より |
試験日程 | 例年8月の第4日曜日 |
合格発表日 | 例年10月上旬より |
合格基準 | 下記どちらも満たして合格となる ・選択式試験で満点40点中24点以上かつ各科目満点5点中3点または2点以上(科目による) ・択一式試験で満点70点中45点以上かつ各科目満点10点中4点以上 |
試験時間 | ・選択式試験80分 ・択一式試験210分 |
受験料 | 1万5,000円 |
試験会場 | ・北海道 ・宮城県 ・群馬県 ・埼玉県 ・千葉県 ・東京都 ・神奈川県 ・石川県 ・静岡県 ・愛知県 ・京都府 ・大阪府 ・兵庫県 ・岡山県 ・広島県 ・香川県 ・福岡県 ・熊本県 ・沖縄県 |
試験形式 | 選択式および択一式 |
試験範囲 | ・労働基準法 ・労働安全衛生法 ・労働者災害補償保険法 ・雇用保険法 ・労務管理その他の労働に関する一般常識 ・健康保険法 ・厚生年金保険法 ・国民年金法 ・社会保険に関する一般常識 |
社労士試験は、選択式と択一式の2形式にて出題されます。
いずれもマークシート方式で記述問題はありませんが、選択式は5つの空欄に当てはまる語句を選択肢から選ぶ問題、択一式は正解を選択肢から選ぶ問題、と少し毛色が異なります。
午前・午後に分かれて合計5時間近い長丁場の試験を実施するため、集中力も必要です。
受験のチャンスは年に1回しかないので、複数回再受験しながら合格を目指す場合は数年単位の時間がかかる点に注意しましょう。
一方で、社労士試験を受験するための要件は決して高くありません。
大学卒であれば間違いなく受験できる他、学歴が規定のラインに満たなくても、人事として3年以上の実務経験があれば出願できます。
キャリアアップを考えるレベルの人事であれば、問題なく受験できる場合が多いでしょう。受験を検討している人は、以下から自身が受験可能か否か確認しておきましょう!
※参照:社会保険労務士試験オフィシャルサイト「受験資格について」
社労士試験の合格率は例年5~7%程度
社労士試験の合格率は例年5~7%程度であり、難関試験と言われています。
年度 | 受験者数 | 合格者数 | 合格率 |
令和4年度 | 40,633 | 2,314 | 5.3 |
令和3年度 | 37,306 | 2,937 | 7.9 |
令和2年度 | 34,845 | 2,237 | 6.4 |
令和元年度 | 38,428 | 2,525 | 6.6 |
平成30年度 | 38,427 | 2,413 | 6.3 |
平成29年度 | 38,685 | 2,613 | 6.8 |
平成28年度 | 39,972 | 1,770 | 4.4 |
平成27年度 | 40,712 | 1,051 | 2.6 |
平成26年度 | 44,546 | 4,156 | 9.3 |
平成26~27年度には極端に合格率が変動していますが、直近数年は5~7%の範囲で推移していることがわかります。
100人受験して5人合格する程度の確率であり、かつ複数年に渡って受験している人の数も含まれているため、難易度が高いのが特徴です。
近年は働き方改革の施行やテレワークなど柔軟なスタイルが定着しつつあり、労働問題への関心も強まっていることから、安定した受験者数を記録しています。
社労士が難関資格とされる理由
社労士が難関資格とされる理由として、下記が挙げられます。
社労士合格が難しいりゅ
- 科目ごとに合格基準点があり、かつ全て満たしていないと合格できない
- 科目数が多く出題範囲が広い
- 過去に合格した科目の受験免除制度がない
社労士試験に合格するには、選択式試験と択一式試験どちらの合格基準も同時に満たす必要があります。
片方だけ満点を取っていても、もう片方が1点足りないだけで不合格になってしまうので注意しましょう。
出題範囲も広く、出題形式もそれぞれ異なることから、対策しづらい試験とも言われています。
また、刻一刻と変化する社会情勢に合わせて出題内容も変わる社労士試験だからこそ、難易度が高くなっているのも事実です。
簡単に合格できない資格だからこそ社労士の希少性は高く、だからこそ合格することでスペシャリストとしての称号と期待を手にできるのがポイントです。
人事が社労士資格を取得するメリット
ここでは、なぜ人事が社労士資格を取得するべきなのか、代表的なメリットを解説します。
社労士としての専門知識が実務に活きる
社労士試験の出題範囲は、人事が日々おこなっている実務と非常に関連性が高いのがポイントです。
社会保険の加入・喪失、産休育休手当金や傷病手当金の申請、労働保険料の計算など、ルーティンワークに必要な知識は全て網羅されています。
差し戻しがなくスムーズな手続きができれば従業員に与える負担も少なくなり、効果的に業務を回せるでしょう。
また、採用時の注意点を労働基準法の観点から学べるなど、リスク対策の一環にもなるのもメリット。
育休に入る従業員に対するハラスメント、ストレスチェックへの対応法、解雇に伴うトラブル事例など、困りごとに対応する力も身につきます。
実務に活きる知識が得られるからこそ、社労士資格を取るメリットがあるのです。
多彩なキャリアパスを描ける
社労士資格は、人事だけでなく総務・労務などの部門でも役立ちます。
社内の多彩な仕事ができるようになるので、中小企業などひとりの負担が大きな会社の人事が取得すると大きなメリットを感じられるでしょう。
また、大企業勤務の人事が社労士資格を取得した場合、リスクマネジメントしやすくなるので昇進・昇格のチャンスが上がります。
また、社内でのキャリアアップだけでなく、社労士事務所や人事コンサルティングファームへの転職がしやすいのもメリット。
フリーランスとして独立したり、資格を使って自分で会社を立ち上げたり、多彩なキャリアパスを描けます。
将来の選択肢を増やすという意味でも、取得しておいて損のない資格です。
年収が上がりやすくなる
社労士は国家資格であり、独占業務を持つことからも年収の高い仕事として知られています。
資格手当を受けて毎月の月給が上がったり、その年の頑張りが認められて賞与査定が上がったりすることもあるでしょう。
できる業務が増えたことで人事評価されやすくなるなど、副次的なメリットも得られます。
また、社労士は弁護士・税理士・会計士と並ぶ「士業」でもあるので、社会的地位が高いのもポイント。
キャリアアップを目的に資格を取るのであれば、年収や待遇が上がりやすい社労士を候補に加えるのがおすすめです。
自己成長を実感できる
「社労士試験という難関国家資格を合格した」というだけでも、大きな自己成長を実感できるのもメリットです。
大きな成功体験につながるので自分のキャリアに自信を持ちやすく、新たなキャリアパスに挑戦するキッカケになることもあるでしょう。
今の仕事にやりがいを失いつつある人や、仕事へのモチベーションが維持できない人が、社労士資格に挑戦するのもおすすめです。
人事が社労士資格を取れば、労務管理の楽しさと難しさをどちらも知ることができ、実務に活かそうという気持ちが大きくなるでしょう。
人事が社労士資格を取得するデメリット
人事が社労士資格を取得するメリットは数多くありますが、一方でデメリットがあるのも事実です。
下記で代表的なデメリットを解説するので、ミスマッチに気づいて後悔する前に確認しておきましょう。
必ず昇進・昇格・独立できるわけではない
当然のことながら、社労士資格を取得したからといって、必ずしも昇進・昇格・独立できるとは限りません。
自社が既に顧問社労士事務所を抱えており、社内に社労士を求めていない場合、「努力した割には評価されない」とギャップを感じることもあります。
一般企業に勤めている場合には「社内に資格手当の制度がなかった」「思ったより昇給しなかった」などのミスマッチが起き、がっかりしてしまうケースも有るでしょう。もしも金銭的なメリットを第一に考えるのであれば、事前に自社の賃金規則をチェックしてみましょう。
また、社労士が独立に役立つ資格とはいえ、100人中100人が独立に成功するわけでもありません。独立して開業社労士となれば高年収を目指すことも可能ですが、顧客獲得できなければ売り上げは発生しません。
資格を取得した後のキャリアアップや実績が重要であることを理解し、どう資格を活かすかまで考えておく必要があります。
膨大な学習と本業と両立させる必要がある
社労士試験は難関国家試験であり、最低でも1,000時間程度の学習が必要と言われています。
膨大な出題範囲をカバーする学習時間だけでなく、年1回しかない試験に向かう精神力も求められます。
試験当日は5時間程度の長丁場になるので、集中力を切らさない体力も必須。
当然、不合格になってしまうと翌年の試験を待つしかなく、本業との両立も難しくなるでしょう。
目の前の業務に追われるばかりで残業・休日出勤が多くなっているのであれば、まずは学習時間を捻出するためにも業務効率を見直す必要があるかもしれません。
無理なく勉強に集中できる環境があるか、一度シミュレーションしてみることをおすすめします。
予備校・通信教育を使うとコストがかかる
体系的かつ効率的に社労士試験対策をするには予備校・通信教育を使うのが便利ですが、当然ながら受講料がかかります。
専門的な学習が必要だからこそ受講料も高く、コースによっては数十万単位の支払いが発生することも。
受講料だけでなく、入会金・テキスト代・模試代・教室までの交通費などがかかり、小さな出費が家計に大きなダメージを与えることも少なくありません。
かといって独学で勉強するのも難しく、相当なハードルがあるのも事実です。
無理に独学で進めようとすると、つまづきが多くなって社労士資格自体を諦めかねないので注意しましょう。
自分に合った勉強法を見つけること、場合によっては受講料の支払いが生じることの覚悟が必要です。
人事が社労士資格を取得した後のキャリアパス
企業の人事部門で勤めている方がが社労士資格を取得した場合、キャリアパスの幅がグッと広がります。
ここでは資格を活かせる主なキャリアパスを紹介するので、参考にしてみましょう。
国家資格保持者として昇進・昇格を目指す
実務に直結する国家資格保持者として、社内で昇進・昇格を目指すのが代表的なキャリアパスです。
管理監督者としてマネジメントに着手できたり、法律知識に基づいた労務関連のリスク管理アドバイスができたりするので、自然と社内評価も上がるでしょう。
難しい手続きも根拠を持ってこなせるようになるので、現場の最前線に立つプロフェッショナルとしてもキャリアアップできます。
場合によっては、近年注目が集まっている「戦略人事」要員として働くなど、経営の意思決定に参画できる可能性も高まります。
より好条件の企業に転職する
社労士資格があり、かつ人事職として実務経験を積んできている人は、転職市場における希少人材とといえるでしょう。
人事部門の責任者、コンサルティングファームのアドバイザー、社会保険労務士事務所の職員など転職の選択肢が広いので、気になる人は求人をチェックしてみるとよいでしょう。
転職エージェントやヘッドハンターを活用すれば、今以上の年収・待遇で採用されるキャリアアップ転職を実現できる可能性も高まります。
社労士として独立・開業を目指す
社労士として独立し、社会保険労務士事務所を開業するキャリアパスもあります。
独立・開業に特別な条件はなく、社労士試験に合格している社労士であることと、2年以上の実務経験が求められるだけなので、法律的なハードルは意外と低いです。
請け負う案件を選べるので自分のペースで働きやすく、かつ成果次第では会社員時代以上に高年収を得ることができるので、大きなメリットを実感できます。
建設・運送・医薬品メーカー・医療など、労働安全衛生が重要な業種に勤務していた経験があれば、業界特化型の社労士として独立できる可能性も高まります。
ただし、社労士業務未経験で独立・開業した場合、案件獲得が出来ず売り上げを作れないケースも多々あるので、注意が必要です。
実績不足から営業不振に陥ったり、社労士同士のコミュニティをうまく活かせなかったりすることもあるので、開業は慎重に判断する必要があります。
資格を活かして副業する
社労士資格は副業にも活きるので、本業の人事を続けながら副業を始め、副収入を確保するのもおすすめです。
社会保険の算定時期、労働保険料の計算時期、新入社員の入社時期など、人事が多忙を極める季節にはピンポイントの短期求人が出ることも。
資格保有者は内定のチャンスが上がるので、単発で働きやすいのもメリットです。
また、クラウドソーシングサイトやスキルマーケットでは、労働トラブル関連の相談を請け負えるケースもあります。
企業側の相談はもちろん、解雇・採用条件・ハラスメントなどに悩む個人からの相談を受け付けながら収入を得る手法もあるので、検討してみましょう。
自分にあった副業スタイルが見つかれば、働きやすさも上がります。
まとめ|資格に迷う人事職には社労士がおすすめ!
今後のキャリアアップのため資格取得を考えている人事職には、社労士をおすすめします。
社労士は難関国家資格であり、合格までのハードルが高いですが多彩な専門知識と豊富なキャリアパスを手に入れられるのがメリット。
自分の望む働き方も叶えやすく、自身が労働トラブルに強くなるなど、副次的な効果も多いです。
「何か資格を取得したい!」という人は、社労士について調べてみてはいかがでしょうか。