社会保険労務士の資格取得を目指している人の中には、将来独立開業したいと考えている人もいるのではないでしょうか。
社労士として開業することで仕事にやりがいを持って取り組めたり、収入が増えたりする可能性が高まります。
開業すると個人事業主になるため、仕事を取捨選択することも可能です。ただし自分で仕事を確保する必要があったり、収入が安定するまでに時間がかかったり、軌道に乗るまでは不安定な面も考えられるでしょう。
この記事では、社労士として開業するメリット、デメリット、開業する手順、口コミなどを解説していきます。
社労士とは?
社労士(正式名称:社会保険労務士)は労働関係や社会保険の法律を専門的に扱う専門家で、企業の労務管理や人事管理などをサポートする仕事です。
社労士として仕事をするには、と呼ばれる社会保険労務士法に基づいた国家資格を取得している必要があり、無資格の場合は同法に基づく独占業務等を行うことが出来ません。
公的年金や労働関係、雇用関係、社会保健の分野で唯一の国家資格です。そのため、社労士は需要の高い仕事と言えるでしょう。
社労士の特徴
社労士は企業の中において、「人材」に関する専門家となります。
労働者の福祉向上や健全な事業環境の構築、社会保険などの法令に従った業務の実施など、人材に関するあらゆる面をサポートするのが特徴です。また年金に関しての相談も行っており、新卒から退職まで広範囲に渡って業務を行っています。
社労士の業務内容を大きく分類すると、次の3つです。
- 労務管理
- 社会保険
- 年金
近年では、社会保障制度が複雑化しています。
少子高齢化に伴って、子育てや雇用、労働、医療、年金、介護などの制度が次々と改定されている状況です。制度が改定されるたびに手続きも変化し、正しく活用するためにはますます専門的な知識が必要となっています。
それらの制度を効率よく活用できるようにするためには、社労士のサポートが必要です。また労働者と経営者の間に立ち、双方が良い関係を構築できるように取り計らうことも社労士の仕事となります。
参考:全国社会保険労務士会連合会「社労士のニーズに関する企業向け調査結果を公表します」
開業社労士と勤務社労士の違いは?
社労士として仕事をする場合、大きく分けると開業社労士として働く方法と、勤務社労士として働く方法があります。下表は、それぞれの違いをまとめたものです。
項目 | 開業社労士 | 勤務社労士 |
業務形態 | 自身で事務所を開き事業主として業務を行う。 | 企業や社会保険労務士法人などに所属して業務を行う。 |
働き方 | 時間の制約が比較的少なく、柔軟性のある働き方が可能。 | 勤務先の体系やルールに従う必要がある。 |
収入 | 多くの仕事をすれば高収入が見込める。ただし安定はしていない。 | 収入が安定している。 |
社労士の平均年収
社労士の年収は、全国平均で780.9万円(開業社労士、勤務社労士の両方を合わせた平均年収)となっており、これは日本の平均年収を大きく上回る水準となっています。
また、企業や社労士事務所で雇用される「勤務社労士」と、独立して活躍する「開業社労士」では収入にどれくらいの差があるのでしょうか?
下表は開業社労士と勤務社労士の年収分布となっています。
売上/年収 | 開業社労士 | 勤務社労士 |
300万円未満 | 29.1% | 8.9% |
300万円~500万円未満 | 12.8% | 21.1% |
500万円~700万円未満 | 9.7%(中央値) | 25.6%(中央値) |
700万円~1000万円未満 | 11.9% | 33.4% |
1000万円~5000万円未満 | 27.6% | 11.1% |
5000万円~1億円未満 | 5.7% | 0% |
1億円以上 | 3.3% | 0% |
※開業社労士の金額は売上を示しています。
開業社労士は、売上300万円未満が一番多い割合です。
これは副業として業務をしている人が一定数存在しているためです。開業社労士の場合、年収は個人の活動方針や営業・マーケティング力によって差が大きいと言えるでしょう。
開業社労士の36.6%は売上1000万円以上の分布となっていることから、顧客からの信用を得たり経験を増やしたりすることで高収入が見込めると言えます。
近年では企業における人事労務管理は細かな対応が必要となっており、社労士の需要が高まっている状況です。社会保険や労働関係の手続き代行、企業内の諸問題の相談、年金の相談など、さまざまな面で社労士が必要とされています。
社労士が開業するメリット
勤務社労士から開業社労士に独立した場合、さまざまな部分で変化があります。収入面や仕事面、モチベーションなどです。独立開業した場合のメリットについて以下の3点を紹介します。
社労士開業の3つのメリット
- 収入が青天井
- 仕事内容を自分で選べる
- やりがいがある
上記のメリットについて、一つずつ解説していきます。
収入が青天井
先述した年収分布からも分かるように、社労士として開業すると年収1000万円超も狙える可能性が高いといえます。
開業社労士は、仕事をこなした量だけ収入が上がります。そのため、大幅に収入を増やすことが可能と言えるでしょう。
開業して間もない頃は、仕事が確保できず厳しい状況が続くかもしれません。しかし努力を続けて、顧客の信頼を得たり経験を積んだりすることで仕事を確保することができ、高収入を得ることが可能です。
一方勤務社労士の場合は、顧客の数が増えても給料に反映されません。雇用されているため収入は安定していますが、高収入はあまり期待できない働き方と言えるでしょう。
仕事内容を自分で選べる
開業社労士の場合、仕事や顧客を自分で選ぶことが可能です。勤務体系や休日も自身のペースで、計画することができます。自宅の近くに事務所を構えれば通勤時間を無くすことができ、通勤のストレスからは解放されると言えるでしょう。
仕事の量を自身で調節することができるため、仕事とプライベートの両立が可能です。開業社労士は自由度が高い働き方ができることが魅力といえます。
ただし、仕事を減らせばその分収入が減ることになるので、ワークライフバランスを考えたうえで、自分自身にとって最適な働き方を模索していきましょう。
やりがいがある
開業社労士は、営業から実務まですべて一人で行う必要があります。そのため、勤務社労士と比べると業務の範囲が広がるため、大変になる可能性が考えられるでしょう。
その反面、ひとり社労士事務所は顧客との距離が近いため、一緒になって顧客の課題解決に取り組むことで達成感や大きなやりがいを味わうこともできるでしょう。
社労士として開業するデメリット
開業社労士として独立した場合、メリットだけではありません。実務をこなしながら次の仕事の営業をしたり、各種事務手続きを行ったり、勤務社労士にはない苦労も出て来るでしょう。ここでは、社労士として開業するデメリットを以下の3点から紹介します。
社労士開業の3つのデメリット
- 収入が不安定
- 独立開業するまでのハードルがある
- 営業を自分で行う必要がある
一つずつ解説していきます。
収入が不安定
開業社労士は自ら仕事を獲得し、自らこなしていく必要があります。
顧問先が増えれば収入は青天井である反面、仕事が確保できなければ収入がありません。企業に所属して給料を受け取る勤務社労士と違って、開業社労士は収入が不安定であることがデメリットのひとつです。
開業社労士の場合、多くの顧客を確保するために努力していくことが必要です。そのためには、専門性や豊富な知識以上に、営業力が重要(特に最初は!)になってくると言えます。
独立開業するまでのハードルがある
社労士として独立開業するには、勤務社労士とは違ったハードルを超える必要があります。
難関試験である「社会保険労務士試験」に合格する必要があるのは開業社労士も勤務社労士も変わりませんが、開業社労士は勤務社労士には必要のない以下を行う必要があります。
社労士開業に必要なこと
- 開業届の提出
- 事業計画の作成
- 事務所の用意(自宅を利用することも可能)
- 屋号印の準備
このように開業社労士になるためには、いくつかのハードルを超えることが必要となります。
営業を自分で行う必要がある
開業社労士は、仕事を自分でとってくる必要があります。
そのため営業やマーケティングに力を入れることが大切と言えるでしょう。ど
んなに優秀な社労士であっても、顧客から仕事をもらわないと収入には繋がりません。稼ぎ続けるためには、営業や集客に力を入れながら、実務をこなしていくことが必要となります。
また、継続受注に繋げるため、顧客のアフターフォローも大切となります。
このように開業社労士は、営業から業務遂行、アフターフォローまですべて一人で行うことが必要となり、「社労士業務のみに集中したい」と考えている人には、かなり難しいといえます。
社労士として開業するまでの手順
社労士として独立開業するためには、社労士の資格が必要です。ですが、社労士の資格を取得後も、すぐに開業できるわけではなく、講習の受講や登録などの手続きが必要となります。
以下では、社労士として開業するまでの手順を紹介します。
社労士開業の手順
- 社労士試験の合格
- 実務経験がない場合は事務指定講習の受講
- 社労士名簿の登録
- 開業
上記について、一つずつ解説していきます。
社労士試験の合格
社労士として仕事をするには、国家資格である「社会保険労務士試験」に合格する必要があります。この試験の合格率は毎年10%を下回る難関資格で、非常に難易度が高い試験と言えるでしょう。
社会保険労務士試験の概要は次の通りです。
試験日 | 例年8月 第4日曜日に開催。(年に1回の開催) |
合格発表日 | 例年10月 |
受験資格 | 受験資格には3つの区分があり、いずれか1つを満たす必要がある。学歴(大学卒業、専門学校卒業など)実務経験厚生労働大臣の認めた国家試験合格 |
試験科目 | 全部で8科目となる。労働基準法及び労働安全衛生法労働者災害補償保険法雇用保険法労務管理その他の労働に関する一般常識社会保険に関する一般常識健康保険法厚生年金保険法国民年金法 |
実務経験がない場合は事務指定講習の受講
社会保険労務士試験に合格した場合、社労士として働くためには「社労士名簿」へ登録する必要があります。この名簿に登録するためには、次のいずれかの条件を満たすことが必要です。
- 実務経験が2年以上ある
- 事務指定講習を受講している
実務経験が2年以上ある場合は、すぐに社労士名簿に登録ができます。
しかし、実務経験がない場合は事務指定講習の受講が必要です。事務指定講習は次の2つの構成になっており、両方受講する必要があります。
事務指定講習の構成 | 説明 |
通信指導課程 | 期間は4ヵ月間になります。教材を用いて自己学習を行い、研究課題を報告する。通信教育方式で、添削指導を受ける。 |
eラーニング講習または、面接指導課程 | どちらを受講するのかは、申込時に選択します。eラーニング講習の場合、1科目3時間の講習を8科目受講する。面接指導課程の場合、講義形式で4日間受講する。(1科目3時間を8科目実施) |
事務指定講習の費用は、77,000円(税込)とやや高めの金額ですが、実務経験がない方は忘れずにしっかり受講しておきましょう。
社労士名簿に登録
社労士名簿に登録するための条件を満たした場合、社労士名簿に登録することができます。実際に登録するのは、「全国社会保険労務士連合会」と「都道府県の社会保険労務士会」の2つです。
どちらの場合も審査があり、それぞれに登録費用がかかります。
登録団体 | 費用 |
全国社会保険労務士連合会 | 登録免許税 30,000円手数料 30,000円 |
都道府県の社会保険労務士会 | 入会金と年会費がかかり、都道府県によって金額が異なる。例)東京都の場合入会金 50,000円年会費 96,000円 |
出典:東京都社会保険労務士会「登録・入会について」
開業する
社労士として開業する場合、税務署に「開業届」の提出が必要です。
開業届の正式名称は「個人事業の開業・廃業等届書」です。この開業届は社労士に限らず、さまざまな業種で個人事業主となる場合に必要な書類となります。
また開業届を出す前には、「事業計画の策定」「事務所名の決定」「事務所の契約」などの準備をしておくことが必要です。
開業届以外にも、必要に応じて次の手続きを行う場合がありますので、忘れずにチェックしておきましょう。
開業に伴う必要な手続き
- 青色申告承認申請書
- 国民年金・国民健康保険に加入
- 屋号印の作成
- 屋号専用の口座開設
スキルアップには特定社会保険労務士取得がおすすめ
社労士として開業を考えている人には、特定社会保険労務士(特定社労士)の取得がオススメです。
特定社会保険労務士は労使間で発生した紛争に対して、紛争解決業務の代理人としての業務を行うことが出来る資格です。
近年、ハラスメント問題の深刻化をはじめとした様々な労働問題が表面化している中で、特定社会保険労務士による個別労働関係紛争の代理(ADR代理)のニーズが高まっています。そのため、特定社会保険労務士の資格を持つことで社労士として対応可能な範囲が広がり、クライアントからの信頼獲得にもつなげることが可能です。
特定社労士取得の流れ
特定社会保険労務士の資格を取得するためには、社労士試験に合格した上で研修を受講し、特定社労士の試験に合格する必要があります。
具体的な資格取得の流れは以下の通りです。
特定社会保険労務士資格取得のステップ
- 特定社会保険労務士試験の受験資格を満たす
- 特別研修を受講
- 特定社会保険労務士試験を受験し合格する
- 社会保険労務士名簿に付記
特別研修は「中央発信講義」「グループ研修」「ゼミナール」の3つで構成されており、85,000円の受講料が必要となります。
また、受験の際にも15,000円の受験料が必要になるので、資格取得にはトータル10万円の費用が必要になる点に注意しましょう。
特定社労士の試験難易度
特定社会保険労務士になるための試験の合格率は概ね50%~65%程度となっており、社労士試験に合格した人であれば十分一発合格を目指せる難易度といえます。
受験年 | 受験者数(人) | 合格者数(人) | 合格率(%) |
2018(第14回) | 911 | 567 | 62.2 |
2019(第15回) | 905 | 490 | 54.1 |
2020(第16回) | 850 | 526 | 61.9 |
2021(第17回) | 950 | 473 | 49.8 |
2022(第18回) | 901 | 478 | 53.1 |
ただし、「社労士試験に合格した人でも半数は不合格になる試験」ともいえるので、受験をする人はしっかり対策して臨む必要があるでしょう。
試験は年に1度しか開催されず、不合格だった場合は再度受験料を支払って次年度以降に挑戦することになるので、出来る限り一発合格を目指したい試験といえます。
社労士として向いている人は?
社労士は労働や社会保険に関しての専門家です。企業や企業で働く人たちをサポートするのが役割となります。そのため、以下のような人が社労士に向いていると言えるでしょう。
こんな人は社労士に向いている!
- 専門外についても対応できる
- コミュニケーション能力が高い
- 忍耐力と冷静さを併せ持っている
- 論理的思考力がある
専門外についても対応できる
社労士の専門分野である労働や社会保険、年金以外のことでも、従業員の環境改善のために尽くせる人が向いていると言えます。
社会保険労務士は「人材」に関する助言やコンサルティングを求められるケースが多く、そのため、正解がないような相談をされるケースも有ります。
その際には「専門外だから」と逃げずに、真摯に対応する姿勢が大切と言えるでしょう。
ただし、「専門外の対応」については無責任になんでも引き受けるのではなく、自分自身が対応可能な内容かしっかり見極めたうえで判断するようにしましょう。
コミュニケーション能力が高い
社労士は人を相手にする場合が多くあるため、コミュニケーション能力が重要と言えます。相手の話に耳を傾けたり、相手の相談に応じたりする必要があるためです。人と話すことが好きな人、コミュニケーションに長けている人が向いていると言えるでしょう。
また開業社労士の場合は、自らが営業として仕事を取ってくる必要があります。そのため、顧客のニーズをくみ取り、課題を言語化していくうえでもコミュニケーション能力が重要となってくるでしょう。
忍耐力と冷静さを併せ持っている
社労士の業務上、クライアントが直面している課題や問題に対して迅速に対応する必要があります。
迅速に対応できる課題や問題がある一方で、複雑化して解決に取り組むのが難しい場合があります。そのような場合には、長期的な視野と冷静な判断力を持って対応が求められるでしょう。
大きな課題や問題が発生した際は、社労士だけではなくクライアントも不安や焦りを感じています。その際に、社労士が感情的な判断ではなく冷静な分析や判断を行い建設的な解決に向けて努力することが重要です。
論理的思考力がある
社労士の論理的思考力は、法律や制度に基づいた複雑な情報を理解し、具体的な問題や課題に対して適切な判断や解決策を導き出す能力を指します。
社労士は、様々なクライアントの問題や要望に対して法的な観点から適切なアドバイスを行うことが求められます。
例えば「法律や制度の理解」「情報整理と分析」「前例や判例の活用」など様々な場面で、高い論理的思考力が必要とされます。
社労士の開業についてまとめ
今回は社労士として開業するメリット、デメリット、開業する手順、口コミなど、社労士に関しての情報を紹介しました。
開業社労士として独立することで、仕事を取捨選択できたり収入が増えたりさまざまなメリットがあります。そのため、社労士としての仕事にやりがいを感じられるでしょう。
ただし営業から実務、事務処理まですべて自分で行う必要があります。独立開業する場合は、周到な事前準備が大切と言えます。