特定社会保険労務士は、事業主と労働者間で労働関係紛争が起きたときに代理人として対応ができる資格で2007年に創設されました。
新しい資格のためまだまだ認知度が低く、社会保険労務士との違いもわかりづらいのが現状です。そこで、本記事では特定社会保険労務士についてわかりやすく解説します。
これから特定社会保険労務士を目指す方や、社会保険労務士との違いを知りたい方はぜひ参考にしてください。
特定社会保険労務士とはどんな資格?
「特定社会保険労務士」とは、労働者と事業主の間で争いが起きたときに、紛争解決手続業務の代理人としての対応ができる社会保険労務士のことです。
あっせんや調停等の紛争解決手続きを代理で行い、労働紛争の迅速な解決のために業務を遂行します。
紛争解決手続業務とは
紛争解決手続業務とは当事者双方の話合いに基づき、あっせんや調停、仲裁などで民事上の争いを解決する手続きのことを指します。
公正な第三者が関わり、裁判をすることなくトラブルを解決することができる制度で、裁判外紛争解決手続(ADR)とも呼ばれています。
裁判による解決には多くの時間と費用を要しますが、紛争解決手続を利用すると費用負担が軽くなるだけではなく、迅速なトラブル解決が可能です。
また紛争解決手続業務では、紛争当事者双方の話し合いなどの解決の過程は非公開で行われ、結論も原則公開されないことも裁判との大きな違いです。
なぜ特定社会保険労務士が必要なのか?
特定社会保険労務士が必要とされるのは、職場でのパワハラやセクハラなどの問題が深刻化し労使間での紛争が増えていることがあげられます。
厚生労働省の発表によると総合労働相談件数は15年連続で100万件を超え、「いじめ・嫌がらせ」によるあっせん申請は9年連続最多を記録するなど、個別労働関係紛争の増加はとどまることを知りません。
増え続ける個別労働関係紛争の解決には、特定社会保険労務士による個別労働関係紛争の代理(ADR代理)が不可欠です。
総合労働相談件数が高止まりしている現状を見ると、個別労働関係紛争の代理ができる特定社会保険労務士の存在意義はますます重要になると予想されます。
参照:厚生労働省「「令和4年度個別労働紛争解決制度の施行状況」を公表します」
社会保険労務士との違い
特定社会保険労務士と社会保険労務士の大きな違いは、従事できる業務の幅が違うことです。
一般的な社会保険労務士の主な仕事は、下記の通りです。
- 労働保険・社会保険手続き業務
- 人事労務の相談業務
- 就業規則の作成
- 助成金の申請 など
特定社会保険労務士は、上記の業務に加えて紛争解決手続代理業務を行うことができるため、社会保険労務士としての仕事の幅が広がります。
特定社会保険労務士が行う紛争解決手続代理業務(ADR代理業務)
特定社会保険労務士が受任できる紛争解決手続代理業務を表にまとめました。
機関 | 代理できる業務 |
都道府県労働局・都道府県労働委員会 | 個別労働関係紛争のあっせん※手続等 |
都道府県労働局 | 下記法律による調停の手続等 ・障害者雇用促進法 ・労働施策総合推進法 ・男女雇用機会均等法 ・労働者派遣法 ・育児・介護休業法 ・パートタイム・有期雇用労働法 |
厚生労働大臣が指定する団体 | 個別労働関係紛争について裁判外紛争解決手続における当事者の代理 (単独で代理ができる紛争目的価額の上限は120万円) |
※あっせんとは、中立な立場の第三者が紛争の当事者双方から話を聞いて解決を促すこと
代理業務に含むものは次の2つです。
- 依頼者の紛争の相手方との和解のための交渉
- 和解契約の締結の代理
特定社会保険労務士は、依頼者の考えを代理人として法的に整理し、早期解決に導きます。
特定社会保険労務士になるメリットは3つ
特定社会保険労務士になるメリットは次の3つがあげられます。
- 顧客から信頼される
- 法律家として基礎的な法的思考が学べる
- 議論を通じて相手に伝わる表現力が身につく
それぞれ順番にご紹介します。
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顧客から重宝される
特定社会保険労務士は、労使間のトラブル解決に対応できる貴重な存在です。
パワハラやセクハラなどの労働関係のトラブルは、あらゆる企業で発生し増加傾向にあります。
しかし、特定社会保険労務士は労使間の紛争を裁判によらず解決できるため、時間的なコスト削減を可能にします。
また、紛争解決手続では解決の過程や結論は公開されないことから、紛争解決手続を利用することで裁判による企業イメージを損なうリスクの回避も可能です。
労使間の紛争解決を迅速に行い、裁判による企業のイメージ棄損リスクの回避に貢献できる特定社会保険労務士は、企業や顧客にとって掛け替えのない人材として大変重宝されるのです。
法律家としての基礎的な法的思考が学べる
特定社会保険労務士の資格を取得するメリットは、法律家として必要な法的思考を習得できることです。
特定社会保険労務士になるためには、合計で63.5時間の特別研修を受講することが義務付けられており、憲法や民法、労働法の判例や法解釈に多く触れます。
特別研修は法の趣旨に則った知識を再構築し、法律をどのように解釈し、どのように生かすのかという法的思考を学べる絶好の機会です。
特定社会保険労務士資格取得を通じて、コンサルティング業務のスキルアップにもつながる法的思考を学べます。
議論を通じて相手に伝わる表現力が身につく
特定社会保険労務士になると、代理人として相手に伝わる表現力が習得できます。
特定社会保険労務士のグループ研修では議論しながら課題(あっせんの申請書や答弁書の作成)をこなしていきます。
多くの意見を聞き白熱する議論に参加することで、相手に伝わる言い回しや労働法令に関する表現力が身につくとともに、依頼者の有利となる主張を展開できる実務能力を養うことも可能です。
特定社会保険労務士になる方法
特定社会保険労務士になるためには、特別研修を受講し紛争解決手続代理業務試験(通称:特定社会保険労務士試験)に合格後、全国社会保険労務士会連合会が管理する社会保険労務士名簿に付記されることが必要です。
具体的には、以下の手順で特定社会保険労務士になることが出来ます。
特定社会保険労務士になるためのステップ
- 特定社会保険労務士試験の受験資格を満たす
- 特別研修を受講
- 特定社会保険労務士試験を受験し合格する
- 社会保険労務士名簿に付記
受験資格や特別研修、試験について順番にご紹介します。
特定社会保険労務士試験の受験資格
特定社会保険労務士試験を受験できる人は、下記の2つを満たす人です。
- 社会保険労務士試験に合格した人
- 全国社会保険労務士会連合会が管理する社会保険労務士名簿に社会保険労務士として登録している人
したがって、まず社会保険労務士試験に合格することが大前提となります。
社会保険労務士試験は毎年8月に行われ、例年の合格率は10%未満の難易度の高い試験です。
下記のいずれか一つを満たすと、社会保険労務士試験を受験できます。
- 短大卒業以上または同等以上の学歴があること
- 一定期間以上の実務経験があること(健保組合や日本年金機構など)
- 厚生労働大臣が認めた国家資格に合格していること(中小企業診断士など)
受験資格のハードルはそこまで高くありませんが、合格率が10%を下回る難関資格のため、社労士合格のためにはしっかりと対策を行う必要があります。
特別研修を受講
社会保険労務士試験に合格し社会保険労務士として登録すると、特別研修を受けることができます。
特別研修の内容等を表にまとめました。
研修項目 | 講義時間数 | 講義形式 | 令和5年の実施予定 |
中央発信講義 | 30.5時間 | e-ラーニング | 9/1~9/29 |
グループ研修 | 18時間 | 対面研修 | 9/30~10/29 |
ゼミナール | 15時間 | 対面研修 | 11/17,11/18,11/25 |
全講義時間数は63.5時間ですが、このほかにも講義の事前準備や課題に多くの時間がかかります。
研修を1時間でも欠席すると特定社会保険労務士試験を受験できなくなるので、特別研修受講中はスケジュール調整が必要です。
次章で研修内容の詳細をそれぞれ解説します。
中央発信講義
中央発信講義の講義時間数は30.5時間で、すべてe-ラーニングで行われます。
中央発信講義の大きな目的は、憲法や民法の基礎知識を学び、労使関係法、労働契約や労働条件等の専門知識や個別労働関係法の制度や理論を理解することです。
さらに個別労働関係紛争解決の手続代理人としての倫理を確立するために、特定社会保険労務士の役割や責務、専門家の責任と倫理についても講義を行います。
中央発信講義での学習内容はグループ研修や特定社会保険労務士試験に直結する内容ですので、ここでしっかりと習得しましょう。
グループ研修
グループ研修は対面研修で行われる18時間の講義です。
6~8人程度のグループでディスカッションしながら、個別労働関係紛争の申請書と答弁書を作成します。
グループ研修の主な講義内容は、下記の通りです。
- 申請書及び答弁書の検討
- 争点整理
- 和解交渉の技術の習得
- 代理人の権限と倫理について
グループ研修の課題については、事前の準備をしておくことが必要です。
ゼミナール
ゼミナールでは受講者50名程のクラス編成で、講師の弁護士との双方向の講義が15時間行われます。
ゼミナールの目的は、個別労働関係紛争の解決の代理人としての実務的なスキルアップを図ることです。
グループ研修で作成した申請書と答弁書を元に、講師からどのような結論になったか、その根拠や過程などについて一人ずつ質問され、講師の見解を踏まえながら意見交換を行います。
特定社会保険労務士試験を受験
特別研修の日程にすべて出席して、課題提出をすると特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)が受験できます。
試験は例年11月下旬頃のゼミナール最終日の午後に行われ、令和5年の試験日は、11月25日です。
特定社会保険労務士試験の概要は次の通りです。
- 試験時間:2時間
- 解答方法:記述式
出題科目 | 問題数 | 配点 |
法律問題 | 5問 | 70点 |
倫理問題 | 2問 | 30点 |
社会保険労務士試験はマークシート方式の試験ですが、特定社会保険労務士試験はすべての問題を記述式で解答します。
試験に合格後、全国社会保険労務士会連合会が管理する社会保険労務士名簿に「特定社会保険労務士」として付記されると、特定社会保険労務士としての業務ができます。
特定社会保険労務士試験の合格率
2018年から2022年までの合格者数と合格率は下記の通りです。
受験年 | 受験者数(人) | 合格者数(人) | 合格率(%) |
2018(第14回) | 911 | 567 | 62.2 |
2019(第15回) | 905 | 490 | 54.1 |
2020(第16回) | 850 | 526 | 61.9 |
2021(第17回) | 950 | 473 | 49.8 |
2022(第18回) | 901 | 478 | 53.1 |
令和4年の合格基準は、100点満点中55点以上かつ倫理問題10点以上でした。
上表を見ると分かるように、特定社会保険労務士試験の合格率は毎年50~60%となっています。
合格率10%未満の社会保険労務士試験を突破した現役の社会保険労務士でさえも半数近くが不合格であることを考えると、特定社会保険労務士試験は難易度の高い試験と言えるでしょう。
申込期間と費用
特定社会保険労務士試験の申込は例年同時期に申込期間を設けており、毎年6月頃「月刊社労士」に受験案内が掲載されます。
令和5年のスケジュールと費用は下記の通りです。
- 令和5年の特別研修申込期間:令和5年6月14日~7月4日
- 受講料:85,000円(教材費込み)※別途参考図書代がかかる
特定社会保険労務士試験の申込期間は、例年9月半ばごろに開始されます。
- 受験料:15,000円
特別研修の受講が修了し特定社会保険労務士試験が不合格だった場合、次回以降の特別研修は受けずに再試験を受けることができます。
特定社会保険労務士についてまとめ
特定社会保険労務士は、セクハラやパワハラなどの労使間のトラブルを紛争解決手続業務の代理人として対応できる社会保険労務士です。
厚生労働省によると、総合労働相談件数は100万件を超え15年連続で高止まりし、「いじめ・嫌がらせ」によるあっせん申請数も最多となっています。
裁判よりも安価で迅速な解決ができる「あっせん」などの紛争解決手続の件数は、今後も増加するものと予想されます。
増加し続ける労働関係紛争の早期解決には、特定社会保険労務士の存在は今後ますます欠かせないものとなるでしょう。
特定社会保険労務士の特別研修を通じて、法律家として欠かせない法的思考や相手に伝わる表現力も身につけることができます。
社会保険労務士として更なるステップアップを考えるのであれば、特定社会保険労務士の資格の取得は大いに役に立つのではないでしょうか。